ヨガの心への効果 についてのお客さまからのお便りをご紹介しています。
今日は、その続編です。

「いまの自分が自然にできることをやればよい」という気持ちでヨガのポーズをとると、苦しくなくないことに驚いたという彼女。
最初のうちは困惑することもあったようですが、気にせずに続けていくうちに、前とは違うという感覚を感じられるようなったそうです。

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まっすぐがわからない、中心軸なんて感じられない、のばせったってのびない……。
でも、気にせず、やっているうちに、以前の自分とちょっと変わってくる。
それでいいんだと。

肯定も否定もしないという行為

また、ありのままの自分を認める、それは「良い」と肯定することとも違うんですね。
ただ自分がある、と。何も判断しない、という。
ようやく、それがちょっと腑に落ちた感じがします。
(前からずっと言ってるでしょう、と思われるかもしれませんが……。)

何かを言葉にするということは、無意識、意識的に関わらず、何かを判断している。
私は文章を書くのが好きで、あれこれ考えるのが好きで、
つまり、常に、何かを判断してきた、判断しようとしてきたんだなあ、と。
はじめて気づきました。

“言語化しなくてもいいこと”がある

言葉にすることが、わるいわけじゃないんだけど、言語化しなくたっていい。
「判断しない」という状態があり、それはそれでとても素晴らしい、
という感覚は私にはまったく、なかったのです。

感覚がなかったといっても、仏教思想に興味があって、本で、
「無分別」「如実知見」というような思想は識っていたのですが、
仏の道をいく、修行なさる方はそう捉えるんですね、という。
あくまで自分とは無関係だと思っていました。

自分を認めることは、他者を認めること

ヨガをとおして、ものの見方、世界が広がった気がします。
他者に対しても。
自分を否定するのは辛い、ってことは他人も否定しないほうがいい。
自分を認めるのであれば、他人を認めることにもつながります。
みんなちがってみんないい、ではありませんが。
自分と違うからって否定する必要もないし、どちらかに一致させる必要もないし、
拒絶ではなく受容する、ってことで。
それで済む事柄ならばそれでいいじゃない、と思ったら人生楽になりました。
(ひとにもちょっと優しくなりました。)

「それで済む事」。そうですね! 意外に多いかもしれません。
世の中には、自分が対処すべきこと、そうでないことがあります。
その見極めを間違えて、抱え込んでしまうと結局、自分がしんどいです。
だからといって、社会に対して無関心になるのとは違うんです。
自分をみつめ、混ぜ物なしで知ること。
そうすると、そしてこの社会に生を受けた自分が、社会に対して今取り組むべきことがハッキリと浮かび上がってくる。
その冷静な状態、心の静けさ、集中状態を作り出していくのに、ヨガは適していると思います。

当初、彼女に心を安定させたいという目的はなく、「骨粗鬆症予防にヨガがいいかも?」というのがきっかけだったそうです。
人生が楽になって、ほんとうに良かったね!

ヨガに、よだ先生に出会えて良かったなあ、と思っています。

はい、私もです。
彼女はきっとご自分の夢を叶え、沢山の人の心に灯りをともしてくれることでしょう。
素敵なお便りをありがとうございました!

横浜の女性限定コミュニティクラス@東戸塚/上大岡

【きほんのヨガ】10月4日・11日・18日・25日(木)10:00-
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